「FROG RIVER」

2001年公開、「FROG RIVER」を観た。

あんまりにも良すぎて私にとってはわりと革命レベルだったため、これを書きながらめちゃくちゃ興奮している。すっげー。ってなってる。

Grasshopper! というさまざまな監督が撮り下ろしたショートフィルムを連載していたDVDマガジンに収録されていたものだ。
ANIKI監督、石井克人原作。


最初、観はじめたとき、冒頭の加瀬さん演じるツトムの全裸おしりふりふりダンスがあんまりにも衝撃的すぎて、そこから続きに進むことができなかった。ちょっともう頭が働かなかった。DJブース触りながら昇天してるし。ヤバすぎて笑うというよりは呆然って感じ。
でも、童貞くさいツトムの水野さーんとか、謎のダンスの妙にリズム感抜群なところとかに目が離せなくなっていった。それで、何度も繰り返しそのシーンを観てるうちに、ハウスミュージックというらしい音楽のビートに合わせてツトムがノリノリで踊ってるのがなんか気持ちよくなってきて、あれ、これ全裸ダンスしてる気持ちわかる気がするぞ、と。じわじわニヤけながらも4つ打ちの気持ち良さに酔えるようになってきて、初めて続きを観る気になった。

とにかく、おもしろかった。
登場人物の一人一人パンチが強すぎてちょっとしか出てなくても強烈なんだけど、でも別に奇行に走ってるわけではなく、フツーに日常を送ってるだけなかんじがいい。
そういう濃ゆいメンツに踊らされながらツトムはツトムでずっと水野さーん!だし。濃ゆさに流されていつも理不尽な目にあって落ち込むと思いきや、急に妄想が膨らんじゃってまた水野さーんになる。レコードとかツトムの部屋とかTシャツとか古着屋とか、すべてがみょうちきりんなのにセンスが漂ってて、悪趣味ではない。
悪友というよりはただのいじめっ子なシバにいじめられ続けるツトムなんだけど、ツトムの妙な明るさととぼけた他の人たちのおかげで全然痛ましさがなくって、ニヤニヤしてしまう。ふふって笑えるところばっかり。そんな笑い上戸じゃないのに、おかまとの決闘のシーンで「殺してやる!」って叫ばれてるの見て本当に声出して笑ってしまった。
台詞も名言というか、迷言というか、めっちゃ頭にこびりついてしまうものが多かった。「謝らないと固くなるかも。フレンチトースト」「2万!」「水野さん!」「やったよーやったよーやさしい水野さーん」「男と女の秘密教えてあげようか」「約束……」
あと、何気に庵野監督が飲み屋のマスター役で出ていて、それがほんとに良い味出してる。ただの友情出演て感じではなくて、ほんとに偏屈でやる気なくてオタクなマスター。めっちゃよかった。というか、作品自体にエヴァへのリスペクトをひしひしと感じた。なんていうか、母親が健在で美大に通うシンジはこうなるっていうか。ひたすら理不尽な目に遭って、逃げちゃダメだ、ならぬ「決闘は嫌だ」。

あと、音楽が気持ち良いのも外せない良かったポイント。冒頭のツトムが全裸で踊るシーンもずんずん体の芯にくる感じがしてよかったし、一番好きなシーンは、ツトムが寝そべってCrystal Watersの「Surprise」を流してるところに、田中兄弟がやってきて田中兄弟が踊り出すところ。あそこマジで気持ちいいうえにめちゃくちゃおもしろくて何回観てもニヤニヤしてしまう。私は店長と同じくロックTシャツを着る側の人間だからハウスミュージックなんて人生でまったく接点がなかったのだけど、もうすぐにクレジットをメモってApple Musicで探してたダウンロードした。これをきっかけにちょっとハマってしまいそうな予感。
ロックって、意外と教室の隅で休み時間突っ伏してる子たちのための音楽みたいな部分があって。みんなが放課後遊んでる時間、1人でツタヤ行ってウォークマンに入れてしこしこ聴いてるみたいな。だからダンスミュージックとは無縁な人生だったんだよね。ダンスって何だよってちょっと苦手ですらあったけど、この作品を観てからダンスってこれでいいんだっていうか、こういうのが一番楽しいんだろうなって思えて、ちょっと見方が変わった。

あーそれにしても、ツトムを演じている加瀬さんが本当によかった。2001年だから当時27歳くらいだったと思うんだけど、見事に田舎から出てきた純朴な童貞青年を演じきっていた。若い頃の加瀬さんの目は、どうしてあんなにも澄んでいるんだろうな。全裸ダンスシーンも振り切っていて妄想たっぷりで自己が肥大化した思春期感がめちゃくちゃよかったし、わざとらしいほどに昇天してる表情も笑えたけど、一番感動したのはラストシーンのパンチラ見てしまうところだった。多分、パンチラ見た演技するならもっと嬉しそうにニヤける顔すると思う、大多数の人が。でも加瀬さんは目を逸らして俯いてちょっと噛み締めるみたいな表情で、あーーーすっごいなぁて。ツトムが加瀬さんだからこんなに良かったんだろうなって思った。


映画ってこれでいいんだ、と思ったのは、私にとっては革命だった。今まで、映画を観るなら名作と呼ばれる古典作品は観とかないとだめだ、とか、映画好きがこぞってオススメするいわゆる「センスのいい映画」を好きにならないととか、義務感みたいな邪念があって、そういうのに疲れてあんまり映画を観たいという気持ちになれなかった。私が好きな小説も音楽も、コメディというよりは真剣な題材のものが多くてメッセージ性が強い。それらをずっと大切にしてきたし自分の核だと思ってた。だから、勝手に映画もそういうタッチのものが自分の好みだと思い込んでた。そうじゃなきゃいけないとすら思ってたかも。でも、もっと自己中心的でもいいし、ぶっ壊れててもテキトーでもふざけてても良いんだなって思えて、よかった。私って笑いたかったんだって思った。

でも、やっぱり今の時代だと放映するの難しそうだなーとは思う。特におかまのシーンとかね。LGBTとか多様性とか叫ばれてる昨今で、典型的というかステレオタイプなおかまを面白おかしく描いてる(と思われる可能性もある)という意味で、クレームが入りまくりそうな予感がする。
「FROG RIVER」がなんにも意味のない差別的なおふざけ作品かというと、私はそうは思わなくて、むしろ、おかまとか男とか女とか関係ないよねっていう制作側の思想が見えるような気がして、私は嬉しかったけど。
ツトムがおかまについてどう思ってるか問われて、「ちょっと気持ち悪い人もいるけど、……好きとか嫌いとかじゃないっていうか。……まあ、いるなぁーって感じ」って返すの。
私はこれが本当にそのまま、この作品なんだなって思った。別に無理に知ろうとしなくたって認め合おうわかり合おうとしなくたって、ただ、そこに在ることを受け入れ合うだけじゃダメなんだろうか。それこそ、ツトムは難聴(どの程度のレベルなのかは分からないが)だけど、作中で難聴だからどうこうというのは出てこないし。ツトムだって誰かから見れば家で1人全裸で踊ってるキモい奴なわけだ。シバにバカにされたおかま2人だって、古着屋にいた女装家だって、別にそいつらがそういう人間だったってだけで、おかまや女装家が全員そういう人間だって決めつけているわけじゃなくて。むしろ、この作品はもっと自由だと思う。
ツトムは蛙川を渡れなくて、「真の男になる」儀式に失敗したけど、そんなことってどうでもいいんだよね。そもそも、蛙川を渡るのが真の男っていうのも誰かがテキトーに決めたテキトーな儀式なわけで、間に受ける必要もない。
もっと言うと、別に「FROG RIVER」はそういうメッセージを伝えるためにつくられた!とか言うつもりもなくて、ただ、私はそう感じたなーっていうだけ。どんなふうに見たって、一緒に全裸ダンスしたって、なんだっていいじゃんって思う。そう思わせてくれるような映画だった。

たくさんの人に見てもらいたいなーとか思いつつ、そんな番人受けするような作品でないこともわかってる。でも自分はこれからの人生、つらいときもうきうきしてるときも何度となく繰り返しこの作品を見返すんだなと思う。それを確信している。